「自分で仕事を始めるなら、個人事業主と法人、どちらがいいのだろう?」
起業を考えたとき、最初にぶつかる疑問がこれではないでしょうか。
結論から言えば、「最初は個人事業主として始め、事業が軌道に乗ったら法人化を検討する」という流れが、多くの場合に現実的な選択肢です。ただし、業種や取引先によっては最初から法人の方が良いケースもあります。
この記事では、個人事業と法人の違いを「具体的な数字」で比較します。
税金だけでなく、社会保険、インボイス制度、維持コストまで含めて、判断材料を整理していきます。
Contents
個人事業主と法人——基本的な違い
まず、基本を押さえておきましょう。
個人事業主とは、法人を設立せずに個人で事業を営んでいる人のことです。税務署に「開業届」を提出すれば、その日から個人事業主になれます。届出自体に費用はかかりません。
一方、法人とは、法律によって「人」と同じように権利や義務を認められた組織です。株式会社や合同会社などがあり、法務局で登記することで設立されます。
この違いは、「届出1枚で始められるか、登記が必要か」という手続きの違いだけではありません。税金、社会保険、責任の範囲、取引先からの見られ方——あらゆる面で違いが出てきます。
比較① 初期費用と手続きの手間
個人事業主の場合
- ・開業届を税務署に提出するだけ(費用ゼロ)
- ・届出は1枚、10分程度で書ける
- ・青色申告の届出を同時に出すと、65万円の控除を受けられる(電子申告等の要件あり)
法人の場合
- ・株式会社:約25万円(登録免許税15万円+定款認証5万円+その他)
- ・合同会社:約10万円(登録免許税6万円+その他)
- ・定款の作成、登記申請など、手続きが複雑
- ・司法書士に依頼する場合は、別途報酬(5~10万円程度)が必要
スタート時点では、個人事業主の方が圧倒的に身軽です。
比較② 税金の違い——具体的な数字で比較する
「法人にすると節税になる」という話を聞いたことがあるかもしれません。しかし、これは常に正しいわけではありません。具体的な数字で見てみましょう。
所得税(個人事業主)
所得が増えるほど税率が上がる「累進課税」です。
- ・195万円以下:5%
- ・330万円以下:10%
- ・695万円以下:20%
- ・900万円以下:23%
- ・1,800万円以下:33%
- ・4,000万円以下:40%
- ・4,000万円超:45%
これに住民税(約10%)が加わります。
法人税(法人)
中小法人(資本金1億円以下)の場合:
- ・所得800万円以下:15%
- ・所得800万円超:23.2%
※令和7年度税制改正により、所得金額が年10億円を超える事業年度については、800万円以下の部分も17%に引き上げられました。ただし、起業直後の方には関係のない話です。
【シミュレーション】所得別の税負担比較
以下は、個人事業主と法人(役員報酬を支払う形態)で、同じ事業利益が出た場合の税負担の概算比較です。
| 事業利益 | 個人事業の税負担 | 法人の税負担 | 有利な方 |
|---|---|---|---|
| 400万円 | 約50万円 | 約70万円 | 個人事業(約20万円有利) |
| 600万円 | 約100万円 | 約110万円 | ほぼ同じ |
| 800万円 | 約170万円 | 約150万円 | 法人(約20万円有利) |
| 1,000万円 | 約250万円 | 約200万円 | 法人(約50万円有利) |
※法人の場合、役員報酬の設定によって税負担は大きく変わります。上記は一つの目安です。
※個人事業主は青色申告65万円控除を適用した場合。
この表から見えるのは、事業利益が600万円前後が「分岐点」だということです。ただし、これは税金だけを見た話。次の社会保険料を含めると、景色が変わります。
比較③ 社会保険——見落としがちな大きな差
実は、税金よりも大きな違いが生まれるのが社会保険です。
個人事業主の場合
- ・国民健康保険+国民年金
- ・常時5人未満の従業員であれば、原則として社会保険への加入義務なし(一定の業種で5人以上の場合は強制加入)
- ・国民年金保険料:月額約17,000円(令和6年度)
法人の場合
- ・健康保険+厚生年金(社会保険)への加入が義務
- ・社長一人の会社でも加入が必要
- ・保険料は給与の約30%(会社負担約15%+本人負担約15%)
具体例:役員報酬40万円の場合
月額40万円の役員報酬を設定した場合、社会保険料は:
- ・会社負担:約6万円/月 → 年間約72万円
- ・本人負担:約6万円/月 → 年間約72万円
- ・合計:年間約144万円
このうち会社負担分の約72万円は、個人事業主にはなかったコストです。
「法人にすると税金が安くなる」と思って法人化しても、社会保険料の増加で相殺される、あるいは逆に負担が増えることもあります。
ただし、社会保険は「コスト」だけではない
社会保険料を「負担」としか見ないのは、一面的な見方です。
- ・厚生年金は、国民年金より将来の受給額が多い
- ・傷病手当金(病気で働けないときの保障)がある
- ・出産手当金がある
将来の保障を考えると、社会保険は「コスト」ではなく「投資」という見方もできます。このあたりは、ご自身の価値観や家族構成によって判断が変わるところです。
比較④ インボイス制度——2023年以降の新しい判断基準
令和5年10月からインボイス制度が始まり、個人事業vs法人の判断に新しい要素が加わりました。
何が変わったのか
以前は、基準期間(原則として前々年)の課税売上高が1,000万円以下の事業者は消費税を納める必要がありませんでした(免税事業者)。しかしインボイス制度の導入により、取引先が「適格請求書(インボイス)」を求める場合、免税事業者のままでは取引を断られるリスクが出てきました。
判断のポイント
- ・取引先が企業中心なら、インボイス登録が求められる可能性が高い
- ・個人消費者向けの商売なら、インボイス登録は必須ではない
- ・インボイス登録をすると、基準期間の課税売上高が1,000万円以下でも消費税の申告・納税が必要になる
この点は、個人事業か法人かという問題とは別に検討が必要ですが、「取引先との関係」を考える際には避けて通れないテーマです。
比較⑤ 責任の範囲——有限責任と無限責任
意外と見落とされがちですが、法人化の大きなメリットの一つが「有限責任」です。
個人事業主の場合(無限責任)
事業で失敗して借金が残った場合、個人の財産(自宅、預金、車など)で返済しなければなりません。事業と個人の財産は区別されません。
法人の場合(有限責任)
原則として、出資した金額(資本金)の範囲内で責任を負います。
会社が倒産しても、社長個人の財産は守られます。
※ただし、銀行融資の際に社長個人が連帯保証人になっている場合は、この限りではありません。
事業リスクが高い業種(飲食店、建設業、在庫を多く抱える商売など)では、この違いは非常に重要です。
比較⑥ 法人の「見えないコスト」
法人設立のデメリットとして、設立費用25万円はよく語られます。しかし、本当に注意すべきは「維持コスト」です。
法人住民税の均等割
法人は、たとえ赤字でも「均等割」という税金を毎年払います。
- ・東京都の場合:最低でも年間7万円
- ・市区町村によって金額は異なる
個人事業主には、この負担はありません。
税理士報酬
法人の決算・申告は、個人事業の確定申告より複雑です。
- ・個人事業の確定申告:自分でやる人も多い。税理士に頼んでも10〜20万円程度
- ・法人の決算申告:自分でやるのは難しい。税理士報酬は年間30〜50万円以上が相場
社会保険の事務負担
- ・毎月の届出(入退社のたびに手続き)
- ・算定基礎届(毎年7月)
- ・年末調整
- ・給与計算の複雑化
これらを自分でやるか、社労士や税理士に外注するかで、さらにコストが変わります。
「まず個人で始めて、後から法人化」の落とし穴
私自身もおすすめしている「まず個人で始める」という選択肢ですが、注意点もあります。
法人成り(個人→法人への移行)は簡単ではない
- ・個人事業の資産・負債をどう引き継ぐか、検討が必要
- ・取引先への説明、契約書の巻き直しが発生する
- ・屋号と法人名の関係を整理する必要がある
- ・個人事業時代の借入金を法人に引き継ぐ場合、金融機関との調整が必要
- ・消費税の届出関係で、タイミングを間違えると不利になることがある
「後からでもできるから大丈夫」と安易に考えず、将来の法人化も視野に入れて、最初から記帳や契約書の整備をしっかりやっておくことをおすすめします。
比較⑦ 信用力と取引先の反応
法人の方が有利な場面
- ・大手企業との取引(「法人としか取引しない」という会社も存在する)
- ・銀行からの融資(法人の方が審査を通りやすい傾向)
- ・従業員の採用(「株式会社○○」の方が応募が集まりやすい)
個人事業主でも問題ない場面
- ・個人向けのサービス(飲食店、美容室、デザイナーなど)
- ・フリーランスとしての受託仕事
- ・スキルや実績で評価される仕事
あなたの想定している取引先が「法人であること」を求めているかどうかは、事前に確認しておく価値があります。
結局、どちらを選ぶべきか——私の考え
ここまで読んでいただいて、「結局どちらがいいの?」と思われたかもしれません。
私の考えは、こうです。
まず個人事業主で始めることをおすすめする人
- ・事業が軌道に乗るかまだわからない
- ・年間の事業利益が500万円以下と予想される
- ・取引先が個人消費者中心、または法人格を求めていない
- ・初期費用をなるべく抑えたい
- ・事務負担を最小限にしたい
最初から法人で始めることをおすすめする人
- ・取引先が「法人のみ」と明確に指定している
- ・複数人で共同出資して事業を始める
- ・最初から金融機関からの融資を予定している
- ・事業リスクが高く、有限責任のメリットを活かしたい
- ・年間の事業利益が800万円以上と見込まれる
法人化を検討するタイミング
- ・事業利益が安定的に600~800万円を超えてきた
- ・取引先から法人化を求められた
- ・従業員を雇う予定がある
- ・事業を大きく拡大したい
最後に——数字で判断する大切さ
「個人事業と法人、どちらが得か」は、一般論では答えが出ません。あなたの事業内容、想定される売上・利益、取引先、家族構成——これらによって、最適解は変わります。
だからこそ、具体的な数字でシミュレーションすることが大切です。
この記事の数字はあくまで概算です。ご自身のケースで正確な比較をしたい場合は、税理士に相談されることをおすすめします。初回相談は無料という事務所も多いですから、遠慮なく活用してください。


